別れに最適な木曜日

失恋に適した日があるとするなら、木曜日だろうと思う。木曜日の夕方、曇り空の街並には何かの兆候のように雨が降り出し、ろくに天気予報も見ないまま家を出た僕の頭を、肩をじわりじわりと濡らしていくと、やがてそれが合図であったかのように彼女はさよなら、と口にする。彼女が握る木製の傘の柄は車のヘッドライトのつややかな光を時折反射させていて、華奢な彼女の輪郭をぼんやりと雨の匂いで満ちる街角に滲ませる。ひとつ、ふたつと瞬きをすると僕の睫毛にしがみつくようにしていた雨粒がスニーカーの先で弾け、拡散し、コンクリートの上で幾多の波紋を描く。うつむくようにしていた僕の上にも容赦なく降り注ぐ雨。けれど彼女は傘を差し出すことはない。今日は木曜日だから、そう言って彼女はヒールの踵を小気味よく3度鳴らす。飛び散る雨粒が歩道の側、溝の中へと吸い込まれ、行き先を知らない濁流に飲み込まれ、やがてひとつになり、消える。

海はどうして青いの。それは光の波長が影響していて、反射すると青い光の波が散乱して拡散するからだよ。そう、空の色が映るわけじゃなかったのね。うん、でも太陽の光が影響しているわけだから、まったく無関係というわけでもないよ。複雑なんだ。というより、複雑だ、と認識することが複雑なんだよ、単純に光の波長が影響していてそれは太陽光によるものだ、とそれだけを考えたら良いんだから。

ひとしきり降り注いだ雨は短い間だけ続き、やがて止んだ。うつむくようにしていた僕が視線を上げると、もう彼女はそこにはいない。道の先にはどこまでも舗装されたアスファルトだけが延々と続いている。そして、僕はあのとき言いそびれた言葉を思い出す。

水たまりが青く見えないのはそこに適度な深さが無いから。

拡散するほどの青さは広がらず、底に広がる色に程近い色としか僕らは認識することが出来ない。

やがて流れ着く先で完全な青を手に入れるまで、アスファルトのくたびれた黒色の上をただ揺れる。

そして僕らは別れる。木曜日だから、と。