日常とフィクション

スーパーマーケットに面した道路の歩行者用信号機が点滅を繰り返し、まさに切り替わらんとするころふたりの女の子がわっと駆け出していく。背格好がひどく似ていて僕は双子であるかもしれないと想像する。一方がもう一方の片手を引っ張るようにしている。すると、引っ張られるようにしていた片方の女の子が足をもつれさせ、車道の真ん中で転び、離されなかったままの腕が先に駆け出していた女の子を仰け反らせる。車の進行が始まるまでのわずかな時間で彼女たちは追いやられた鳥のように素早く車道から逃げ出す。

僕の目の端にピンク色の何かが入り、認識する前に一台のトラックがそれを踏みつけた。乾いたプラスチックの破裂音が道路に響くと、中から氷の固まりがいくつか出てきてそれが彼女たちどちらかの水筒だとわかる。ピンク色の破片が車道に散らばる様子を歩道の片隅で彼女たちはぼんやりと眺めていた。真夏のように暑い日差しが降り注ぎ、額に張り付いた髪の毛が光を反射している。
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壊れた水筒の欠片を見てお母さんはひどく悲しい顔をして私を叱りつけた。私は泣きながら、先週デパートで見かけた可愛い髪飾りはもう買ってもらえないと思った。あの子は一緒に謝ってくれるといったけれど、そんなことはもうどうでもよくて、ただ叱られるのが嫌だった。その日は黙って晩ご飯を食べてからすぐに寝てしまった。私は枕元で自分の心臓の音がひどく大きくなるのに気づいた。もう二度とピンク色の水筒は持たせてくれないのかも知れないと思うと、怖くなって、神様、二度と水筒を壊したりしないのでもう一度ピンク色の(出来れば前よりももっと可愛い)水筒をください、と祈った。

朝になると、私はひどく落ち込んだ。かわりに用意された水筒はお父さんの使いふるした銀色のステンレス製の水筒だった。もうその水筒を持って学校にいくことさえ嫌になって、私はお腹が痛くなればいいのにと思った。でも、そんなことをしてお医者さんに連れて行かれたら嘘だとお母さんに知られたら、もう私はご飯も食べさせてもらえなくなって、毎日給食だけしか与えられなくなるかもしれない。それはきっとすごくお腹が空くだろうから、私は我慢してその水筒を肩にかけた。昨日あんなに怒っていたから、お母さんはきっと許してくれないだろうと思った。でも、靴を履いて家を出るとき、後ろからお母さんが来週デパートにお父さんと行くから、そのときに新しい水筒を買いましょうね、と言ってくれた。私はすごく嬉しくなって、それはきっと昨日神様にお願いしたからだと思った。私は行ってきますと言って玄関を飛び出した。だって、きっと前よりも可愛いピンク色の水筒を買ってもらえると思ったから。銀色の水筒は少し重たくて全然可愛くなかったけれど、もしもまた転んじゃっても壊れたりはしないだろうと思った。水筒が私の腰の辺りにぶつかる度に、中から氷が鳴らすきれいな音が聞こえた。

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信号が青色に切り替わると、彼女たちは集められるだけの破片を拾い上げてから今度はゆっくりと歩き出した。僕はしばらく歩調を緩めてその様子を眺める。道路にはまだ溶けきれていない氷がいくつか転がっている。壊れた水筒の持ち主に訪れるこれからのエピソードを想像しながら、買い物袋をしっかりと、落としてしまわないように握りしめた。