旅だより

小春日和の大阪を出て、ひたすらに北上する電車の終着地は細雪がちらついていた。遠くの尾根にはまだしばらく溶け切ることもないだろう、白い冠がしっかりと残っていて、時折吹く冷たい風はこの土地に訪れるはずの春がまだ先であることを示しているようだった。

ニットにパーカー、ジャケットを羽織るだけの格好だったため、ひどく寒い。近江塩津の駅を降り、敦賀行きの電車を待つため、急勾配の階段を昇り降りし、奥行10m、幅2m程度の磨りガラスと簡素な白壁に覆われた狭い通路に待機する。ホームからは絶え間無く冷たい風が注がれるため、人々は壁際に沿ってその「簡易待合室」で一時的な寒さを凌ぐ。しばらくすると、音割れの厳しい草臥れたスピーカから電車遅延のお詫びが放送され、待合室には暗に非難する囁き声がそこかしこに聞こえ始める。強風の煽りを受けて、乗継の電車が徐行運転を余儀無くされていたためだった。いつ電車が訪れるかもわからない不安から逃れるように、僕は冷え切った手でページを捲り、活字をひたすらに追い続ける。

突然、「待合室」のトタン屋根に軽い音が響いたかと思うと、圧倒的な数を主張し始めた。幾多の雹が際限なく降り注いで、それが確かな質量と速度をもって絶え間無く音を響かせる。通路内では驚嘆するひとたちが微かにざわめき始め、時折シャッターが切られた。尚一層の激しさを増して降り注ぐ雹と、それに打ちのめされる錆の目立つトタン屋根、その下で寒さに震える人たち、耳まで覆うニット帽が揃いの老夫婦、軽装でありながら通路内のざわめきから避けんとしてホームで寒さに耐える高校生、スマートフォンを取り出しては仕舞うショートパンツの女の子、活字を追いかける僕。鳴り止まない銃声のような響きを耳にしながら、やがて訪れる温もりと速度をただひたすらに待ち続けている。

 
福井駅に向かう電車の中は子供の楽しげな声の他には遅延を謝罪する定期的なアナウンスと目的地を告げる言葉だけが満ち満ちていて、降りしきる雹の音は力強いエンジンとレールを滑る滑車の音に掻き消されていた。よもや電車を貫くことはないだろう。結露で白く染まる窓からは、雹が弾け落とされる音が、ピシピシと、耳を澄ませば微かに聞こえた。